美しい文章を書く人

美しい文章を書く人がいます。

必ずしもその人が書いた文章が上手いとか、わかりやすい文章とかいうわけではないのではないのですが、書いた人の存在を感じるような文章です。

書いているその人の心の動きや、体温すら感じるような文章を読むとその人の姿が見えるような気がします。自分の中にある想いが表現いるのだけど、そこには相手の存在が感じられる。伝えたい人に、どうしても伝えたいという気持ちで書かれた手紙のようです。

そういえば最近手紙って本当に書かなくなりました。ほとんどメールやSNSでのメッセージで済ませるようになり、文章がどんどん短くなっています。

手紙は書きながらずっと、相手の人の顔や表情を想像していました。言葉を選び、読み返し、書き直し、時間をかけて書きました。

返事が届くのが待ち遠しい、そんな時間があったことも今では懐かしい出来事です。

自分が書きたいことを書きたいように書くのはただのひとりごとです。本来ブログは日記ですから、それでもいいのでしょうが、書いた後は引き出しに入れて誰にも見せない自分だけの日記帳ではないので、当然読む人に配慮が必要です。

手紙を書くような心を込める丁寧さと、読む人への思いやりが感じられる文章を、私は美しいと感じます。

書いた人がすぐそばにいるかのようにその人の体温を感じるような文章、そんな飾らないさらっとしたコットンシャツのような文章を書きたいものです。

 

 

 

 

 

魅力的で美しい声の人になりたい

はじめて録音した自分の声を聴いたとき、これが私の声?と驚いたことを覚えています。
自分が思いのほか甲高く、想像よりもずっと幼い声に感じてがっかりしました。

大人の女性の声はトーンが低くて、そして話し方もゆったりとしているものだと思っていましたので、早口で、とても落ち着いているとは言えない話し方をする自分の声を聴いて、なんとも言えない気持ちになったものです。

人の声の記憶は、見た目の記憶よりも深いところに記録されているようで、ずいぶんと時間が経っても、この声は聴いたことがあると思い出せたりします。
最近はSNSやメールなどで連絡を済ませることが多くなり、以前よりも電話で話す機会が減りました。また着信した時に、登録した連絡先であれば、誰がかけてきたのかわかります。ビデオ通話で顔をみながら話すことも簡単に出来るので、お互い声だけの通話もよりも便利です。
声だけを聴いて相手がだれかっていうことを思い出す機会も減っているかもしれません。

それでも、久しぶりにかけた電話の向こうで、懐かしい声を聴くと、会っていなかった長い時間が一気に縮まるような体験をします。

人の声には、今その瞬間の、無防備なその人が、丸ごと表れるんじゃないでしょうか。
見た目は、お化粧をしたり、気をつかってなんとか整えることが出来ます。

声は見た目に比べて無防備で、指紋と同じように声紋というものがあるくらい個人を特定できるものです。
声にその人の本質的なものが表れるのだとすると、魅力的な美しい声の持ち主は、魅力的で美しいということですよね。

時々、とても美しい声の人に出会います。声の良し悪しは好みも大きいと思いますが、私の好みは、ちょっと癖があって、次に聴いたときにもすぐにわかる、印象に残る声に惹かれます。

そういう意味では、役者さんというのは、実に魅力的な声の持ち主です。もちろん訓練の賜物でしょうが、声を聴くとその役者さんの顔が思い浮かびます。

美声には手が届かなくても、魅力的で印象的な声の主になりたいと願いつつも、まずは今ある自分の声を愛することから。
自分の声が愛せないっていうのは、自分のことを愛せないっていうのと同じこと。

年齢を重ねると、いつの間にか自分の親とそっくりの声と話し方になっているって気づいて、仕方ないなと思うのでした。
最初に出会った人の声を聴いて、その声を好ましいと感じていたので、いつの間にか似てしまったんですね。

私にとって最も魅力的で惹きつけられる声は、子どもの頃に聴いた母の声かもしれません。
そう思って自分の声を聴いてみると、なんだか懐かしい感じがしてきました。

冬至

2017年の冬至は12月22日

今が一年のうちで一番陽が短く、

そして夜の長い時期です。

冬至が明けると少しづつ、陽が長くなっていきます。

冬至は陰の極み、ここから陽に変わっていきます。

冬至正月とも言い、冬至の晩は大晦日

柚子湯で禊ぎをして、陽の気を迎えます。

写真は、冬至の盛り物を設えたもの

陰の気を祓う南京、小豆、柚子、唐辛子

そして12個の丸い団子で一年を表しています。団子ひとつひとつが、その月がどこも欠けたところのない丸く完全であることを形にしてあります。

 

今夜はゆっくりお風呂に入って、今年一年を振り返ってみるというのはいかがでしょう。

今年一年、今日までなんとかやって来れたことに感謝しましょう。

いろいろなことがあった一年だったけれど、ひとつひとつの出来事を良い悪いと分けるのではなく、すべて含めて完璧だったという目で眺めてみましょう。

 

そして…

自分自身のことを承認しましょう。

よく頑張りました。よくやってます。

資格をとった目的とその資格を選んだ理由

「とった資格を仕事にするにはどうしたらいいのでしょう?」という相談を受けることがあります。

 

そういう相談を受けたときに、私が質問することは

「なぜその資格をとったのですか?」

その資格をとろうと思ったとき、なにを考えなにを思ったのか、それを思い出してもらいたくて質問します。

質問の答えははいろいろあるでしょう。

  • 今時間的に余裕があるから
  • とりあえず資格でも取っておこうかと思って
  • 資格習得が趣味
  • 資格名が肩書になるとおもった
  • 憧れや格好良さ
  • 箔を付けるため
  • 就職やキャリアアップのため
  • 自分でも出来そうだと思った
  • 稼げそうだと思った
  • その資格の仕事をはじめたいと思った
  • 好きなこと・興味のあることだった
  • その仕事をするのには必ず必要だから など

資格を取ること自体が目的だった場合と、資格を取って活かすことまで具体的にしている場合では、当然ゴール設定が違うので、資格を取った後にやることと考えることが違ってきますよね。

「とった資格を仕事にするにはどうしたらいいのでしょう?」という相談があるときは、資格を取ることが目的だった可能性がありますね。

資格や職業だけではなく、それを選んだときの動機に、その人の一番濃い思いがあるということを、様々な人の話を聴きながら、経験上わかってくるようになりました。

 

職業や職種に結びつく資格を選ぶとき、その仕事をする人になりたいという動機もありますよね。

今考えると、私が資格を取ったのも、そういう自分でありたいというセルフイメージが、その資格を取る理由でした。

 

なぜその資格を取ったのですか?

その資格をとってどんな人になりたいと思ったのでしょう?

その資格があるとどんなことが出来るって思いましたか?

 

 

資格を仕事にしたいなら出来ることからはじめましょう

資格を仕事にしたい方の相談にのっています。

 

相談にみえる方は、その資格をとった目的によって、大きく二つのタイプのどちらかです。

ひとつのタイプは、今やっている仕事にとった資格を活かしたいと思って資格をとった方

その資格があることで、スキルアップであったり、信用が上がったりする。

仕事のスキル、専門性、社会的な評価と信頼、そういうもの上がることで、自己評価も上がり、自信になる。

 

もうひとつのタイプは、経験や知識、スキルがないのでその資格を取ることで、まったく新しいもの、あるいは、興味はあるけど仕事にするほどの経験や技術がないことを資格を取ることで手に入れたい。

 

前者と後者は、仮に同じ資格をとったとしても、アドバイスする内容が違ってきます。

 

どのように違うかというと

前者の方場合は、今の仕事に活かすことが目的ですからどのように生かすかという具体的なことを一緒に考えたり、提案したりします。

後者の場合は、資格を仕事にするために必要なことを教えたり、アドバイスします。

 

資格を活かして仕事をしたい人にも

資格をとることで仕事の可能性が欲しい人にもどちらにも言えることは

「出来ることからはじめましょう」

新しいことをはじめるときには、それがなによりも大事なんです。

私が心と部屋の関係に注目した理由

私がこころと部屋に深い関係があることに気づいたのは、十数年前に雑誌の撮影である女性の部屋に行ったのがきっかけでした。

荒れた部屋

ひとり暮らしのその部屋は、一言でいうと「荒れて」いました。衝撃でした。
当時私の仕事は主にインテリアコーディネートで、まだ片付けサポートの仕事を始めていませんでしたので、初めて目の当たりにした「荒れた部屋」だったのです。
忙しくて時間がないからとか、もともと片づけが得意じゃなくて、そういうレベルではない荒んだ様子とその部屋に漂う、もうどうなってもいいというようなあきらめ感に私は圧倒されてしまいました。

ここで詳細を書くことは控えますが、その部屋の住人の暮らしぶりも荒れていて、話を聞いている方が辛くなってきます。
知的で育ちのいい印象の彼女に、いったい何があると、どんなきっかけでここまで暮らしも部屋も荒れるのか、そのことばかりが気になりました。

その部屋で私は泣きたい気持ちになりました。
なぜそんな気持ちになったのか、すぐにはその訳が分かりませんでした。

あきらめ感が渦巻く部屋

その後しばらくした気づいたことは、彼女が自分の部屋もそして自分自身のことも大事にしていない、自分に優しくないといことです。自分を大事にしていたらそんな暮らし方やそんな荒れた部屋は彼女には相応しくないと気づくはずです。
そこにはあきらめた感じが渦巻いていました。

このあきらめ
このあきらめが荒んだ部屋をより荒ませているのかもしれない。。。

このあきらめている感じは、かつての私自身にも言えることでした。
同じだなって感じました。私は部屋こそ荒れてはいませんでしたが、自分自身を大事にしていませんでしたし、5年後10年後の将来を思い描くことがとても難しかった。

私は自分を大事にしていない人を見るととても胸が痛みます。
住む人がいなくなって朽ち果てていく家を見るようです。
昔にぎやかだった観光地が訪れる人もいない忘れられた土地になってしまったかのようです。

さみしくてとても悲しい、そして残念な気持ち 失望感

これは当時の私が最も感じたくなかったことでした。
もしかしたらあの部屋の彼女も同じ気持ちだったかもしれません。
そう思ったら、私に何が出来るか考えました。

部屋は人の心の器

家が人の魂の器だとしたら、部屋はその人の心の器

心と部屋の専門家として、心の器=部屋を整えることで、あきらめになにか違いを作りだせるんじゃないか。
出来ればもう一度自分自身を愛していくきっかけにして欲しい。

あの彼女以外にも、心の器=部屋を整えることを必要している人が沢山いる。
自己成長に合わせてステップアップする部屋、制限を超え可能性を広げる部屋、自分自身を取り戻す部屋

私はそういう人たちに貢献出来る!
ひとり熱くなりました。

こころの器である部屋が、どんな様子であるかは、自己価値や自己愛に関係します。

特に女性にとっては、女性としての自分の価値に大いに関係しています。
自分と自分の周りを美しく整えることをあきらめてしまうことは、せっかく女性として生まれてきたのにもったいないことだと思うのです。

女性としての自分をもっと楽しみましょう。

 

運を味方につけるには?

運がいいときって、なにをやっても上手くいく気がして自分は運を味方されるなと感じ心強いです。

出来ればこの状態がずっと続いたらいのにって願いますよね。そしてその時に身に着けていたものとか、食べたものとかをげん担ぎにしたりしますよね。

運がいい状態をなんとか維持したいい

運に味方して欲しい時に、なんとか運を呼び寄せたい

だれもが思うことですよね。

げん担ぎのゲンは漢字で実験の「験」と書きます。「験」効き目のあること、前兆などの意味があります。

運を味方につけるための方法は、広く知られている縁起物から方位から暦など沢山あります。家や暮らしに関するものも家相、風水なども運を味方にするのに役立ちますよね。

それから個人的なげん担ぎまで本当にさまざまです。

さらに運がいい時の自分の状態を知っているのと知らないでいるのでは、ずいぶんと違う結果になるんじゃいでしょうか。

運と自分との関係に注目

運と自分自身との関係に注目してみました。

運を味方につけているときは、運と自分自身との関係がいい。つまり運と仲良くなっています。

運は姿が見えないので、運と仲良しの時の自分と、そうでない時の自分を知っていることが大切です。

 

運を味方につけている自分は、いろんなことがうまくいっていますので自信があり無理せずありのままでいられます。そういう時は、自分の本来持っている才能を発揮できていてとても効果的です。

だとしたら、あくまでも仮説ですが、運がいいときは才能を生きているとき

運と仲が良いときは、自分自身とも仲が良くて、リラックスして自分らしくいられる。

つまり、自分に対してOKが出せているときは運も味方をしてくれます。

 

才能と運は関係してる

才能の「才」は神聖なところのしるし

才能をいかしているところに運がやってくる

人の才能には沢山の種類があります。ひとりの人の中にも本当に沢山の才能があります。

沢山ある才能の中でも今特に輝いているもの、あるいは今もっとも必要なものはなにかしら?と考えても、なかなか自分では見つけにくいのが才能というもの。

才能の見つけ方のひとつに、「文句があること」に注目するという方法があります。

文句がある分野には、その分野の才能があるということです。自分の中に文句がわいてくるときには、同時にその文句に対する解決策もわいてきています。

もっとこうだったらいいのに…

そのこうだったらの「こう」の部分、それをすることが出来るのはそれに気がついた人だけだからです。

おうちのパワースポット

運と仲がいい自分=才能を生かしている自分

それを知ること、そしてそういう自分でいられるための環境を整えておく。

わざわざ遠くのパワースポットに行くよりも、身近な環境である住まいに、パワースポット的な場所を設けてみたらどうでしょう。

運と仲良しのあなたは才能を生かしている

運と仲良しじゃないあなたは才能を生かせていいない

 

自分の才能を生かしているときは運がいい。

身近な環境の中に自分の才能を思い出させてくれるもの、その場所に意識を向けるだけで自分と運の関係がわかる、そんなものや場所がおうちの中のパワースポットです。

才能を生かして運を味方につけるパワースポットは、あなたのおうちの中どこでしょう?

そんな風に家の中を見直してみるっていうのはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

インテリアコーディネーターの私が花を生けるわけ

仕事で花を生けるようになって、約20年間、回数にすると多分1000回は超えています。

人からよく花の専門家ですか?と聞かれることがあるのですが、「いいえ インテリアコーディネーターです」と答えています。

インテリアコーディネートの一環として求められるままに、会社のエントランス、セレクトショップ、フレンチレストラン、クリニック、セミナールーム等に毎週花を生けるということを続けてきました。

毎週同じ場所に花を生けているインテリアコーディネーターは多分私しかいないんじゃないかと思います。

 

いつも植物と花が一緒でした

30年の間に、エクステリア庭や屋上などのデザイン、観葉植物のコーディネート、植木の生産、撮影のスタイリスト、モデルハウスのコーディネートなどいろんな仕事をしてきましたが、ずっと変わらずにコーディネートに必須アイテムは植物と花です。

それも生きている本物の花

アートフラワーでも元生きていた花でもありません。

私にとって花を生けることは、コーディネートの一環です。

またインテリアには花が必須アイテムだと思っています。

 

インテリア撮影の現場で

インテリア撮影をするときに、誰も映らない部屋は写真にすると無機質でどうしようもなくクールに見えます。クールさを緩和するには有機質なものを加えるのに限る。その時に花と水が役立ちます。

イミテーションの植物や花は、どんなによく出来ていても決して有機質ではありません。不思議なのですが写真ではそれが写ってしまうのです。

写真には気配が写ります。

インテリアの撮影は、日の光や時間など様々な理由でその場でカメラのアングルが決まります。コーディネートには臨機応変さが求められます。そのため花と花器を何種類か用意して、その場で手早くぱぱっと生けられないとなりません。

だからフラワーアレンジメントなどの完成された形のものでは対応できないのです。

 

それから、誤解を恐れずに書きますと、フラワーアレンジメントは目立ちすぎます。

そして有機的な線ではなくて、面、あるいは立体で、気配に大事な光と風を通しません。

 

生けた花が普段着に対して、フラワーアレンジメントおめかしのドレス

お祝い事や華やかさを演出するシーンにはうってつけですが、日常ひとこまを撮影するインテリア撮影には不向きです。

 

それと同じように、花を生けることが専門の方の花も、撮影には不向きです。

おそらく花を中心に見ているからでしょう。

 

インテリア空間の中の花です。

撮影のシーンの中の花です。

花だけではない背景を見ることが出来るので、インテリアコーディネーターの私が花を生けています。

きずな出版様 社長室

 

バックグラウンド

私は元々は花の専門ではないけれど、植木の生産管理、造園の仕事がバックグラウンドにあります。

植物には詳しいのです。人の名前を覚えるよりも、植物の名前を覚える方が得意です。

季節を盛る、日本の伝統行事を設える学びを10年ほどしてきました。そのことで、なんとなくやってきたことの意味を知り、それを形にすることを心がけています。

すべての行事は祖霊や神様への祈りと感謝のかたち

部屋に花を生けることも、祖霊や神様への祈りと感謝のかたちに通じています。日常の暮らしの中に神様の存在を思い出すことでもあります。

 

美しい部屋に花はなくてはならない存在です。

それが、インテリアコーディネーターの私が花を生けるわけです。

 

 

花を飾ることについて書いた記事

『花を飾れない3つの理由と飾ると得られる3つのメリット』

 

子どもの頃の才能自慢をしてみませんか?

人の才能を発見することは私の喜びです。

特に目の前の人の、本人にとって当たり前過ぎて、それが才能であるなんて思っていないような本質的な才能を見つけた時には、例えていうなら大輪の花そう芍薬が開花する瞬間に立ちあったような、思いがけず車窓に花火が見えたような、ものすごいご褒美をもらったような、そんな喜びです。

好きなことを仕事にしたい人や、自分のプロフィールを作りたい人のコンサルティングでは、いろいろな質問をして、自分自身について深く掘り下げて考えてもらいます。

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どこに?だれと?暮らす??50代女性の分かれ道

老後とは言いたくないけど、50代になって、これから先どんな暮らしをしていきたいかしらって思ったときに、気になる調査記事見つけました。

人生の終焉をどこでだれと過ごしたいのか、具体的に考え始めるのは50代になってからだというのです。

私が驚いたのは、どこで?はわかります。しかしだれと?に関しての意識です。

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