コラム

おしゃれはアートです。

おしゃれについて書きます。

興味のあることにかける時間と情熱が、センスを育てます。

興味があるというのは、もちろん最初からとても好きだったからという場合もあるし、その逆で苦手を克服しようと時間と情熱をかけるものもあります。

私のおしゃれのセンスは、コンプレックスからはじまりました。

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50代からの女性の幸せは母親に似ていて嬉しいかどうかに関係

年齢を重ねてきて、ふと鏡に映った自分の顔をみて「お母さん似ている」って思うことはありませんか?あるいは親戚や兄弟から「お母さんにそっくりになって来た」と言われることも。顔だけではなく、声や話し方までそっくりだと言われたりすることもありますよね。

母親に似ていると言われて、どんな気持ちを感じるでしょうか。

人生100年、50代はまだ折り返し地点です。これから先の人生では、暮らしを取り巻く環境もライフスタイルも、大きく変化してきます。50代女性は、身体的にも精神的にも変化の転換期を迎えています。この転換期を、次のステージでどれくらい幸せを感じられるかは、あなたの母親に感じる気持ちに関係にあります。心の中にある「私のお母さん」と幸せの関係について書いていきます。

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母は偉大です

気がついたら母が再婚した年齢になっていました。

私の父と離婚した母は、ずっと仕事をし、独りで暮らしていました。経済的にも精神的にも自立していた母ですが、50代後半になって、再婚することを決めたのです。共通の知り合いを通して紹介された男性と、あっという間に結婚しました。当時未婚だった私の妹に「お先に。」って言ったりして、妹を悔しがらせたりする母でした。

再婚を決めた理由はいろいろあったのだと思います。

自分のこれからの人生のことを考えたのでしょう。

母はずっと仕事をしてきました。仕事をしていなかったのは産休の時だけとよく言っていました。60歳定年の仕事でした。

私が14歳の時から離れて暮らしている母は、時々会う年の離れた姉のような存在でした。母と一緒にいると、自分も大人の女性の仲間入りができたような気がしていました。その母が、私に寄りかかってくるなんて想像もしていませんでした。

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そこに月がある

台北街角

二元性を超える
これは大きなテーマでした。

二元性って?思われると思いますので、ちょっと説明しますね。

私たちがこれが正しいって思っているときには、必ず正しくないことがあります。正しいの反対には正しくないという反対側がある。これが二元性です。
自分が正しい側にいると、正しくないモノゴトにとても厳しくなり、そうならないようにより正しくあろうとします。

正しいと思うことには価値があって
正しくないと思うことには価値がない

いつも反対側があって、そっちにならないように気をつけて、エネルギーを使っている。
それが二元性の苦しみ。

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大切な人を喪失したときに

喪失の体験を完了するためには、執着を手放します。

この手放すということが、とてもとても難しい。

手放すことは、無理矢理忘れることでも、大したことなかった大丈夫となかったことにするのでもありません。

まずは、喪失した対象を完全に所有します。対象との関係にあった体験を良い事良くない事など判断せずに、たしかにそこに二人の関係はあったということを認め体感します。

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情熱を感じられない理由

情熱を感じられないのは

情熱と間違えやすく、似ているようでまったく違うもの。それは自分を駆り立てることです。

情熱を感じられなくなっているときに、自分の中に何が起きているのかというと、自分を駆り立てることで疲れきってしまっているんです。

じゃあどうして自分を駆り立てるのかというと、自分自身と競争している。どういうことかというと、こうでありたい理想の自分と今の自分を比較して、自分にプレッシャーをかけているんです。

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50代大人の女は頑張らない

ペットボトルのキャップが開きにくい。最近のペットボルトはキャップが硬くなったんだと思っていました。もちろんそうじゃありませんでした。私の手の力が弱くなったのです。

それに気づいたとき、はっとしました。こうやってだんだん力が入らなくなってくんでしょうね。

よく「力を抜いて…」って言われてきました。特に新しいことを始めたばかりのときには何回も「力が入りすぎてる」ことを指摘され、「肩の力を抜いてね」とか「リラックスしてね」とか言われました。

力が入っているってことはいけないんだって思って、力を抜こうとがんばって、更に力が入る。そういう経験はありませんか?

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ひとりじゃ自分のことを笑うことも愛することも出来ません

わたしの体験です。

子どもの頃、たくさんの夢をもっていました。

まだ文字の読めない頃から、絵本をひらいて物語をつくって読むこと大好きでした。裁縫箱のなかにあるボタンや、小石、なんででもどこででも遊べました。

絵を描くことも、うたを歌うことも、踊ることも大好きでした。自分の中からわいてくる物語やイメージを言葉にしたり描いたりすることに夢中でした。そして自分で作ったお話しが面白くてケタケタ笑っているそんな無邪気な子どもでした。

もう少し大きくなると、いろんなものになりたいっていう夢を描くようになりました。

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わかるのがセンスのある人・できるのがセンスのいい人

人からよくセンスがいいといわれます。

大人の女性が褒められて嬉しい言葉の3位が「センスがいい」だそうです。

誰だってセンスがいいといわれて嬉しくないわけありません。

センスがいいかどうかってなにで決まるんでしょう?

私はセンスとは選択の基準だと思っています。

洋服を買う時にデザインの好き嫌いだけではなく、自分に似あうか、他のものと合うか、どんな時に着るかまで想像して、買うかどうかを決められる。それをセンスがいいっていうことなんじゃないかと。

好き嫌いや、着たい欲しいという欲望だけが選択の基準だと、買ったものを生かせない。

それはセンスがあるとは言い難いです。

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部屋は大切なものがつまった宝箱

その人の住んでいる部屋、それはその人の心の内面が映し出されています。

 

特に自分の部屋というのは、子どもの時から自分のやりたい放題、好き勝手だったはずです。

私が子どもの頃は、お菓子の空き箱の中に大事なものを入れて、時々その箱を開けては箱の中身を眺めて楽しむということからはじまりました。

箱の中に入っているものは、布の端切れやボタン、リボン、小石、小さなおもちゃ、飴の包み紙。私にとって大事な宝物たち。そういう大事なものを入れておくきれいな箱を宝箱です。

自分の部屋って、その宝箱が大きくなったようなもの。

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