片付けることは、つながること。おうちの中に「床の間的空間」を

床の間 — 掛け軸と生け花が飾られた日本の伝統的な神聖な空間
Photo by Thierry Lemaitre on Unsplash(無料・商用利用可)

片付けが苦手だという人に、どうして苦手なのかを聞くと、だいたいこんな答えが返ってきます。

「ちゃんとしなきゃと思うんですけど、なかなか……」

そのとき、ちょっと苦しそうな顔をします。

片付けられない自分を責めている。そういう顔です。

散らかったお部屋を見るたびに、自分がだらしない人間のような気がして、またため息をつく。そういう毎日、ちょっと消耗しますよね。

でも、ここで少し立ち止まって考えてみてほしいのです。

敵は、散らかったお部屋じゃなくて、そのことで自分を責めてしまうこと。


片付けは「きれいにすること」じゃない

「片付けをする」というと、多くの人がまず「きれいにすること」を思い浮かべます。

でもわたしが考える片付けは、少し違います。

片付けは、安心できる場所をつくること

きれいかどうかより、そこにいるとこころがほっとするかどうか。それが大事だと思っています。

「安心」の感じ方は、人によってずいぶん違います。

視覚的にすっきりしていると落ち着く人もいれば、ものが見えていないと不安になる人もいる。静かな方が集中できる人もいれば、音があった方が落ち着く人もいる。

どれが正解ということはありません。

自分がどんなときに「ほっとするか」を知ることが、自分だけの安心できる空間をつくる出発点になります。


おうちの中に神聖な場所、「床の間的空間」をつくる

日本の家には昔、「床の間」がありました。

床の間は、「きれいに飾る場所」ではありません。自分を超える大いなるもの——天や神、そしてご先祖や日本人としてのアイデンティティにつながる場所です。花や香りを供え、そうした存在と静かにコミュニケーションする。日常の中に、聖なるものとつながる空間を持つ。それが床の間の本来の意味でした。

そこに立つと、日常の雑多なことが少し遠のいて、自分より大きなものの前に静かに佇む感覚がある。

それが、こころの拠りどころになっていたのだとわたしは思っています。

現代の家に床の間はなくても、その精神は持ち込めます。

自分だけの「床の間的空間」を、おうちの中につくってみてほしいのです。

棚の上のひと角でも、窓際の小さなスペースでも。そこだけは意識的に整え、自分が「美しい」「落ち着く」と感じるものだけを置く。

家が全部きれいじゃなくていい。その場所があることで、こころに居場所ができる。

片付けることの目的は、お部屋が整うことではなく、こころに拠りどころがあること。わたしはそう考えています。


整えることは、つながることでもある

片付けることの目的は、単にお部屋がきれいに整うことだけではありません。

こころに拠りどころがあることで、安心できる。

整えることによって生まれるつながりは、三つあるとわたしは思っています。

まず、自分自身とのつながり。自分のこころと、ちゃんと向き合える場所ができること。次に、自分とまわりの人とのつながり。こころが落ち着いていると、人との関わり方も変わってくる。そして、自分とご先祖、天や神といった大いなるものとのつながり。

自分がたったひとりでぽつんとこの世界に存在しているのではなく、ずっと続いてきた命の流れの中に、自分もいる。そういうことを、静かに感じられる場所があること。

それが、おうちの中に神聖な空間をつくるということだとわたしは思っています。

お部屋を整えることで、わたしはわたしの内側——こころとつながる。そして、こころとつながったとき、はじめて他のあらゆるものともつながっていける。

それが、こころとお部屋の関係です。


きれいにすることよりも、こころがほっとできるお部屋づくりを。

あなたのおうちの中に、どんな「床の間的な空間」が生まれそうですか?

いそがやふきこ

いそがやふきこ
こころと部屋研究所