「人の顔色を気にしてしまう。」
そんな自分に疲れてしまうことは、ありませんか。
家に帰る頃には、ぐったり。
「今日はもう、誰とも話したくない。」
そんな気持ちになって、一人でいたくなる。
人間関係に疲れていると感じる人の中には、こんな毎日を過ごしている人も少なくありません。
その場では、自分の考えよりも、相手がどう思うかを優先しています。
「わたしはこう思う。」より先に、
「これを言ったら、どう思われるかな。」
「嫌な気持ちにさせないかな。」
そんなことを考えながら過ごしています。
だから、自分のことを話すことも少なくなります。
気づけば、自分を出せないまま、その場に合わせることが当たり前になっている。
外では、感じのいい人でいようと頑張る。
笑顔で、気を配って、相手が心地よく過ごせるように動く。
でも、その時間が長ければ長いほど、心は疲れていきます。
そして、なぜか。
一番安心したいはずの家に帰ると、不機嫌になってしまったり、何も話したくなくなったりすることがあります。
本当は、優しくしたいのに。
本当は、笑っていたいのに。
それができない自分に、がっかりしてしまう。
では、人の顔色ばかり気にしてしまうのは、なぜなんでしょう。
わたしは、「好かれたいから」だけではないように思っています。
もちろん、それもあるでしょう。
でも、それ以上に怖いのは、嫌われたり、疎まれたりして、その場所に居づらくなってしまうことではないでしょうか。
職場でも、地域でも、ママ友との関係でも、習い事でも。
わたしたちには、自分で簡単に離れることのできない人間関係があります。
だから、その場所で浮いてしまうことが怖い。
「あの人、ちょっと変わっているよね。」
そんなふうに思われないように、人の反応を見ながら、その場に合わせようとします。
それは、自分の居場所を守ろうとしている姿なのかもしれません。
でも、そうやって自分を隠し続けて守っている居場所は、本当に安心できる場所なのでしょうか。
わたしは、人には安心して自分でいられる場所が必要なのだと思っています。
無理に誰かに合わせなくてもいい。
本当の気持ちを隠さなくてもいい。
「このままのわたしで、ここにいていい。」
そう思える場所があること。
そして、自分で自分に「これでいい」とOKを出せること。
その安心は、たった一人でも、自分をそのまま受け止めてくれる人との関係の中で育っていくことがあります。
みんなに理解されなくてもいい。
でも、自分まで自分を否定しなくていい。
わたしは、人が安心して自分自身でいられるとき、幸せを感じやすくなるんじゃないかと思っています。
こころと部屋研究所 