旅のしたく

いつからだろう。
何度目かのひとり暮らしのときからか。旅行や出張などで家を空けるときに、部屋を整えることが、ひとつの旅したくになった。
部屋を整えるといっても、いつもの掃除にちょっと毛が生えたようなもの。
ゴミ出し、棚やデスクの上の整理。
トイレや洗面もささっと。
玄関は、出たままになっている靴にブラシをかけてしまう。
タタキを履いておく。
植木に水やりをして、花の水を換える。
慌ただしく、ひととおり整えて、ながめる。
「よし」と言って、したく完了。
なにがよしかはわからないけど、よしなのだ。
このよしは、旅先から帰ってきたときのため。
玄関ドアを開けて、部屋が整っていると、とてもほっとする。帰ってきてよかったって思える。
旅先から帰るのに、帰りたくなくて、後ろ髪を引かれることもある。
ときには、早くおうちに帰りたいと帰ってくるときもある。
いずれにしても、家が整っていると、おかえりなさいって、迎えてもらえたように感じる。
毎回旅のしたくは、出掛けにあたふた、家の中を右往左往する。
あげくに荷物の用意にまで気がまわらず、いつも必ず忘れ物がある。
忘れて困るものは、ほとんどの場合は大丈夫。買うことも借りることもある。
おかえりなさいの準備は、自分で用意したとしても、やっぱりうれしい。
「おかえりなさい」
「ただいま」
この対話をするためだけに、もしかしたら旅に出かけるのかもしれない。
帰ってきてよかった、ただそう思いたくて。